Wharton MBA (Class of 2009) 有志による「刺激」を共有する場
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自己紹介 (おにゃお)

名前: おにゃお

略歴:
2001年 東京大学経済学部卒
2007年 東京医科歯科大学 医療管理学修士
2007年 東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 博士課程在籍中

2001年-2004年 外資系銀行 経済債券調査部 エコノミスト
2004年-2007年 中央銀行 国際局 エコノミスト

プロフィール:
挑戦者。米国MBAと日本の博士課程の二束の草鞋を履きつつ、医療経営と金融の二重専攻を目指す、フルブライト奨学生。負け犬予備軍と呼ばれて久しいが、家庭とキャリアの両立を夢見る。

異端児。家業に背き、医師ではなく、エコノミストの道を選ぶ。金融業界では珍しく、民→官の転職に踏み切る。しかし、医療の経済・経営的側面に興味を抱き、銀行勤務の傍ら、東京医科歯科大学MMAコースに通う。

エピキュリアン。旅と酒をこよなく愛する。猫よりお気楽な経済学部時代を過ごしたおにゃおを、仏文科ワイン専攻だと信じる同級生は多い。ただし渡米後は、ワイングラスすら購入せずに勉学に励む、ストイックな日々をおくる。

Why MBA? Why Wharton?:
①日本の医療の将来を考えよう
日本は、誰もが比較的安価にサービスにアクセスできる、世界に誇る医療システムを有している。しかし足許では、健康保険の財政悪化が目立つなど、経済的な持続可能性が危ぶまれている。また、医療現場は、勤務医や看護師の自己犠牲、過剰労働によって担われている部分が大きい。所謂「立ち去り型サボタージュ」による医療教育・キャリア制度の崩壊を食い止めるには、何が必要なのか。医療訴訟の増加を防ぎ、患者と医療者の信頼関係を保つには、何が有効か。医療サービスを安定的に供給するためには、何が出来るのか。全米屈指のヘルスケア・マネジメント専門課程を有するWhartonで、日本の医療問題について考察を深めようと思った。

②医療と金融の接点を探ろう
日本の医療機関は、診療報酬が切り下げられ、厳しい経済的制約下にある。また、設備投資に伴う資金需要が高まる一方で、資本市場へのアクセスは限られている。金融のノウハウを医療経営に応用する方法はあるのか、金融に強いWhartonで学びたいと思った。

③敬愛するWhartoniteに続こう
特に敬愛するWharton卒業生が三人いる。一人は、中央銀行のBig Boss。彼の高い見識と幅広い人脈を持ち、部下にはいつも温かい愛情を持って接してくれた。アジア債券市場の育成など、重要なプロジェクトを次々と遂行し、中央銀行のプレゼンスを高めていった。さらに、某製薬会社の女性幹部。日本人ヘルスケア専攻者の魁で、会社の経営戦略を担う。留学準備中、壁にぶつかった時には、いつも相談に乗ってくれた。もう一人は、日本におけるクレジット市場の先駆者。外資系銀行と中央銀行の双方で活躍する、スーパーウーマン。卓越した金融知識を持ちながら、家庭と官民での仕事を両立している。フィラデルフィア生活の魅力についても教えてくれた。これらの三人は、公私共に私の目標とする姿である。彼らを生み出したWharton Schoolで、是非、自分も学んでみたいと思った。
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by whartonjapan09 | 2007-09-12 00:02 | おにゃお

自己紹介(オッサン)

名前: オッサン

経歴: 1989年3月 奈良学園高等学校卒業
     1990年3月 河合塾(大阪中津校)卒塾
     1995年3月 京都大学法学部卒業
     1995年4月 某保険会社に入社 現在に至る

私はこんな人:
今の会社に入って13年目、36才。見た目と気だけは若い(つもり)です。
もうすぐ6才になる長男と、1才9ヵ月の次男がいます。
妻とは大学2年生の頃から一緒で、付き合って15年、結婚して10年になります。

東大より京大、ハーバードよりスタンフォード、巨人より阪神、野村證券より大和證券、そんな人間です。

2年制のMBAに36才で入学というのは、ほぼ上限の部類です。
また、帰国子女でもなく、留学や海外勤務の経験もなく、仕事でも英語を全く使わない、と無い無い尽くしの超純ドメでありながら、Whartonに潜り込んでしまったというのも、かなり痛々しい感じです。
バブル絶頂期のB-Schoolには、私のような社費派遣の日本人がゴロゴロいて、“Master of Being in America”と揶揄されていたそうですが、今や絶滅の危機に瀕していると思われます。(正直、WhartonのInternational Studentの中で、一番英語が下手なのは私です。)

Why MBA:
私は今の会社が結構気に入っています。というか、会社という無機質な「箱」には特段の思い入れはないのですが、これまでの上司や同僚・部下に対しては尊敬の念と強い愛着を持っています。
そんな会社なのですが、私が入社して以来、バブル崩壊後の金融機関の長期低迷もあり、組織としてはどんどん元気がなくなってきて、明るさもなくなってきたような気がしています。
みんなが会社の中の官僚主義や閉塞感を批判しながらも、過去の成功体験が大きすぎて、マーケットの変化に応じた大胆なビジネスモデルの転換ができずにいます。
やっぱり、自分が働く会社を良くしたい。家族が誇りに思ってくれるような仕事をしたい。

私がMBAを意識し始めたのは、27~8才の頃でした。妻がコンサル会社に勤めていたので、彼女からの刺激があったのも事実です。若い頃は、MBAを取ったら会社を変えられる!くらいに思っていました。
社費派遣の社内公募に初めて応募したのもその頃でした。それから数えて、未遂も含めると4度目のチャレンジで晴れて社内選抜をパスすることができました。

私は留学の直前まで6年間、人事部人事課に所属していました。総合職の人事考課を担当していた、バリバリの人事マンです。その他、年次が上がるにつれ、人事異動や若手職員の研修、新入職員の採用なども手広く担当させてもらい、HRMについては一通り学んだつもりです。

今でも、人事課に異動してきた初日、当時の人事課長に別室へ連れて行かれた時のことは忘れられません。
「お前がMBA留学を希望してることは知っている。だが、お前が人事課に来た以上は、俺たちはお前を社費留学生に選抜することはできない。今日をもって、その夢はあきらめてもらう」

金融機関の人事部というのは、一般的に非常に強大な権限を持っていて、社内的には企画部などと共に「エリートコース」だと認知されているところが多いと思います。うちの会社もそういう傾向が強い一方、人事部は他の所属から常に見られていることを意識しなければならない、というプライドとモラールの高い組織でもありました。
そのため、「お手盛りはイカン」という訳で、私のMBAへの夢はほぼ「お蔵入り」しかけていました。
しかしながら、人事の仕事を通じて、会社の組織や経営戦略などにも精通するようになり、ますます「このままじゃ、うちの会社は二流になる」との危機意識・変革意識が募り始めました。また、自分よりも若い連中がMBA留学の切符を手に入れ、あるいは留学帰りの人間が世話になった会社(の人たち)に恩返しもせずに転職していく姿を目の当たりにし、「俺に行かせてくれたら、絶対、彼らの2倍も3倍も会社の役に立つのに!!」という苦々しい思いをしていました。

そんなこんなで、気がついたら30台半ばにもなっていて、2人目の子供もできていました。
しかし、紆余曲折の結果、ほぼ10年越しの夢が叶うこととなり、戸惑いながらもMBA受験と仕事の両立生活をスタートさせたのが2006年2月のことでした。
MBAに来ている人たちで、HRのバックグラウンドに人は、非常にめずらしいと思います。なかでも、企業の人事部から人事マンが直接、社費留学してくるケースは、過去にもあまり例が無いのではないかと思います。
「男の一念、岩をも通す」と格好良く言いたいところですが、周囲の人たちの熱い想いがなければ、私のMBA留学は絶対に実現しなかった夢だったはずです。やはり人は、人に生かされて(活かされて)いるのだと思います。
そういう意味では、MBAで学ぶスキルセットよりずっと価値のあるものを、私は既に会社で手に入れていたのかも知れません。

Why Wharton:
本当はスタンフォードに行きたかった(笑)。パロアルトの青い空…
でも、スタンフォードは圧倒的に若い人たちが多くて、今の自分には場違いだったと思います。

Whartonは、トップスクールの中でも「オトナの学校」で、非常に居心地が良いです。
日本人の同級生も、エネルギッシュな人、クールに見える人、いろいろ居ますが、人間的に魅力のある人たちばかりです。こういう「ハートのある」仲間に出会えたことは心底嬉しい。
また、アカデミックの面でも、Quantitativeなスキルに重きを置いており、自分の弱点を補ってくれるという点で最適です。

今のところ、長男も「フィラデルフィア楽しい!」と言ってくれており、ホッとしています。
あとは、自分の勉強と英語力の問題ですね…
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by whartonjapan09 | 2007-09-07 14:41 | オッサン

自己紹介 (Nobu)

名前: Nobu

略歴:
1976年 神奈川県鵠沼にて誕生
 1999年 東海大学工学部建築学科卒
 1999年-2007年 某プラントエンジニアリング会社にて勤務
現場作業着とヘルメットが似合う31歳。

Why MBA?:
・再度戦略物資になりつつあるエネルギー資源に関して、アップストリームからダウンストリームまでをカバーする資源会社を持たない日本を不安に感じ、日系石油精製会社に働く友人と30年後日本に和製メジャーを作るのにはどうした人材が経営者レベルで必要か!を後ろから追っかけていき MBA に行き着く。
・エンジニアリングバックグラウンドからファイナンスファンクションへの転進
・インターナショナル・資源ネットワークの構築

Why Wharton?
・巷ではやはりファイナンスなら Wharton ということで。
・少しでも知識を吸収したいファイナンスで転んだ時でも様々な分野ですばらしい教授陣がいるため。
・一番ストレッチ出来る場所だと思ったため。

Whartonでの目標
・素人なため漠然としすぎているがファイナンス知識の習得。
・特に産油国から来た人・エネルギー業界の人とのネットワーク作り。
・日本人としてのアイデンティティーを再確認し、今後の人生の進むべき道を見定める。

09のみなさん、どうぞよろしくお願いします。
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by whartonjapan09 | 2007-09-05 17:14 | Nobu

自己紹介(Ted)

Tedと申します。
妻と3歳半の娘を引き連れて7月の終わりにフィラデルフィアに乗り込み、娘のわがままに振り回されながら、10年ぶりの学生生活を体験中。

略歴
1974年  東京は小平市にて誕生
1975年  米国New Jerseyへ移住、でもあんまり覚えていない
1980年  東京へ戻る
1982年  今度はニュージーランド(オークランド)へ移住、現地校で異文化に触れ、
        英語を学ぶ
1987年  再び東京へ戻り、帰国子女が通う中高一貫教育の学校に入学
1989年  バンドブームに乗り、ギターを手にする。
        ミュージシャンになりたいと親に言うが猛反対を受ける
1990年  湾岸戦争をテレビで見ながら、国連で仕事がしたいと思う。
       この辺りから自分の海外経験や英語を活かし、生きていこうと考え始める。
1993年  上智大学外国語学部入学
1997年  同校無事卒業、某邦銀入行
1999年  名古屋に転勤
2001年  米国カリフォルニア州ロサンゼルスに転勤し、夢であった海外勤務を経験。
        間もなく9.11遭遇
2002年  日本に夏休み戻り、結婚。
        米国に戻り間もなくサンフランシスコへ転勤を命ぜられる
2004年  しぶしぶ辞令に従い帰国、東京にて夢であったプロジェクトファイナンス業務
        に従事
2006年  激務にも関わらず無謀にも社内の海外MBA留学選考試験に応募。
        幸運にも留学受験のチャンスをつかむ。
2007年  出張先のロンドンで、Wharton合格を知る。
        当然その日は上の空で仕事が手につかず。

Why MBA?
邦銀で働いて10年、夢であった海外勤務・プロジェクトファイナンス業務を経験し、少しはファイナンス・銀行について分かってきた段階で一度学問としてファイナンス・マネジメントを勉強したかった。また、プロジェクトファイナンスの職場は周囲が80%MBAを取得している人で、大いに刺激を受けた。そしてここに来て『日本の銀行業を通じてどのように日本を変えられるか』ということを夢見るようになり(:単におっさんになっただけ?)、MBAを通じてその実現に一歩でも近づきたかった。

Why Wharton?
(なんちゃってではありますが)銀行員を10年勤め、キャリアスイッチよりも自分のバックグラウンドを活かして今後も仕事がしたいと思っており、ファイナンスに強みを持つWhartonがベストマッチであった。また、身の程知らずではあるが、優秀な人材が集まるところへ思い切って飛び込むことにより、自らを高める機会を得たかった。

Whartonでの目標
技術的にはファイナンスを専攻し、企業・事業の価値算定が出来るようになること。気持ち的には外国人の中にいてもうまく自己主張し、マネジメントが出来るような自信をつけること。そして自分が幼少体験したような経験・思い出を家族にも提供すること。
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by whartonjapan09 | 2007-09-04 20:19 | Ted

自己紹介 (punk!)

名前: punk!

略歴:
 1998年 慶應大学商学部卒
 1998年-2000年 某大手レコード会社 洋楽販売促進部勤務
 2000年-2003年 某外資系大手レコード会社 日本法人Start Up (出向)
 2003年-2005年 某大手レコード会社 邦楽販売促進部勤務 (出向解除)
 2005年-2007年 某大手eコマース Music & DVD Merchandising Manager

Why MBA?:
 ・経営者としての知的バックグラウンド構築
   (Finance, Management, Accountingなど)
 ・インターナショナル・ネットワークの構築
 ・音楽業界(エンターテインメント業界)の新規ビジネスモデル模索

って無味乾燥に書いていますが、自身が在籍していた音楽業界は現場叩き上げの人が経営者になる事が多いんです。その結果、現場偏重で、経営側の部署(人事、財務など)の発言権は無いに等しい状況が生まれていました。
じゃあ、その分、プラスがあるかというと、経営が無軌道になりやすく、しわ寄せが現場やアーティストや時にはファンに向く事も多く不満を感じていました。現場出身の人間が経営の知識を持って会社のかじ取りをする事の必要性を痛感したのが最初の理由です。

しかし、それ以上に、出向していた外資レーベル日本法人のClosingに関わったことが大きいです。この法人は洋楽アイドルブームの火付け役でもあり、その当時、日本で一番大きな洋楽レーベルにまで成長していました。ところが、オーナーが全世界的に自分の株式を別のレコード会社に売却。その瞬間、30人の会社は買い手のレコード会社に移れる人、職を失う人、そして出向元に戻る人(自分含め)にパッキリと割れてしまい、今まで作り上げて来たものが一瞬にして無になる瞬間を経験したわけです。


経営っていったい何なんだろう。


株主、社員、アーティスト、そして何よりファンの為に全力を尽すのが経営ではないのか。
旧態依然として構造を維持して今後もこの業界は生き残っていけるのだろうか。

そんな疑問に自ら答えを見つけるべく、MBA取得を決意。
その為のキャリアパスとして転職も果たし、今、Wharton生としての第一歩を踏み出したのです。

一ヶ月間で思ったこと:
Pre-Termの一ヶ月間、同級生たちの意識の高さや大学教育(Undergradも含め)のレベルの高さ、(ひいては日本の大学教育および生徒の意識の低さ)を感じ、30歳を過ぎて新しい事を吸収できることに喜びを感じています。

と、同時に、言語・文化のハンディキャップを持っている超ドメスティック育ちの自分には、悔しさを感じる瞬間も多い一ヶ月間でした。語弊を恐れず言えば、どこまで行ってもアメリカ育ちの白人の国なのか、と思うこともしばしば。

しかし、日本にいたら感じなかったであろう劣等感、そしてそれを跳ね返そうとする自身の負けず嫌いな気持ちに出会えた事は本当に幸せです。

Now I finally understand.
we're all here to play an endless game.
And winning is just bad as loosing. 
from "Firecracker / ELLEGARDEN"

この2年間、自分を見失わず、自分が全力を尽くしたいと思えるものを見つけること、それが今の自分の目標、かな。

WG09日本人学生の仲間たちへ:
今、思うのは、みんなに会えて同じ時間を共有できるだけでもMBAに来た甲斐があったと思う。
これからも、宜しくお願いします。
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by whartonjapan09 | 2007-09-04 11:57 | punk!

自己紹介 (TOM)

a0106603_3215350.jpg : TOM 

”欧米かっ!”(ちょっと古い?)と突っ込まれそうだけれど。
高校での交換留学の時につけられたこの名前を再度MBAにて使おうと思う。
英語も何もわからずたった一人の日本人として放り込まれた環境で、大声を出すことからチャンレンジした自分を思い出しながら、また新しい挑戦をこの名前でしたいと思う。

経歴 : 1998年 早稲田大学政治経済学部 卒業
     1998-2007年 某家電メーカー海外営業部門(10年目:現在休職中)

ほんの一部を除き、かなり長老の域にはいってくる私の年齢。 コホートと呼ばれるWhartonのクラス単位でも恐らく3本の指に入る高齢だと思われる。 悩んでも仕方が無い、足りない頭は経験という武器で乗り切ろう。 しかし、経験に取り付かれて新しい考え方を遮ってしまってはMBAに来た価値は半減する。と、一方で自分を戒めようとも思う。

MBAでの目的 : 2年に渡る脳みそ手術 & この先3年のキャリアを決める そして家族との綿密な時間を確保する。

受験に際してかなり考えたし、エッセーにもいろいろと書いた。しかしながら、フィラデルフィアに来て、はたまた実際に学校が始まっても自分のMBAにおける目的は何? という質問にきれいに答えられない自分がいる。とくに、学校が始まってからはあまりに多くの欲求に翻弄されてまたまた目的意識が見えなくなってしまっている。さまざまな学内クラブ、後進国におけるコンサルプロジェクト、ビジネスプランコンペティション、地元企業とのプロジェクト、そして難しいが魅力的な授業科目。さまざまな惹かれる活動が用意されていて、いったいどれをやれば良いのか。できることなら全部チャレンジしてみたい衝動に駆られる。2年間のMBA生活の一番の課題は自分にどこまでプライオリティー付けが出来るかだと実感した。

そこで、今時点の自分の中でのプライオリティー付けは下記のとおり。また変わるかも知れないけれど、今のところ。。

1.直感・経験値から行動判断をする傾向にある自分の脳みそを、ロジカルな論理思考が合わせて可能な脳みそに手術する。 ただし、売り物の実行力・直観力を並存させる。これにはたとえ基礎とされている授業内容であっても真摯に受け取り、丸暗記では無くてしっかり理解して頭に定着させたい。 要は授業をまじめにやるっていうこと。
2.今後の自分のキャリアをどう作っていくのか。 それには業界を変えるのか。 働くベース国を変えるのか。 どういった経験をするためにどのようなポジションを目指すのか。 これを見定めたい。
3.妻&娘との時間を大切にしたい。 これ、無理かな?。。。

このチームブログに参加するに当たり : 皆さん、このブログ盛り上げていきましょう。 Wharton Class of 2009の全学生に言える事ですが、これだけバックグラウンドの異なる人間が苦楽を共にするのは最初で最後の経験であると思います。 皆さんから学べるものを学び取り、そして飲みながら語り合いたいと思います。 よろしくおねがいしますよ!

  
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by whartonjapan09 | 2007-09-04 03:32 | TOM

自己紹介(Shu)

経歴:
1998年 東京大学工学部卒
1998年 某商社情報産業事業部門入社

「かなえられなければ、夢ではない。
 かなわなければ、妄想に過ぎない。」

~二つの夢~
①お金の仕組みを理解すること
 小さい頃お金について純粋に疑問に思ったことがある。
 なぜ朝から晩まで畑で汗水たらして働いている人より、
 涼しい部屋で新聞を読んでいる人の方が裕福な暮らしをしているの?
 宝石や土地から、労働からアイデアまで
 全てが貨幣を介在して価値が与えられている。
 それならば、短い人生の早いうちにこの仕組みについて理解しておきたいと。
 自分の適性から理系へと進んだが、経済及びファイナンスについて、
 いつかしっかりと学びたいという夢を持っていた。
②米国にて生活を送ること
 父親の仕事の関係で、小4から中1までの3年間をシカゴで過ごした。
 残念ながら人並みにも英語は上達しなかったが、
 何もかもが新鮮で刺激的な毎日であった。
 旅行、スポーツ、学校、自然、積極性、自己主張。
 いつか自分の家族ができたら米国で暮らしてみたいとの夢を抱いていた。

~何故MBAか?~
Wisdom may not have its own goal
but it is a lifetime adventure that is worth pursuing.
エッセイではそんなことも書いたが、本当の答えは、「大切な人がいたから」。
正直MBAが何の略かさえ知らなかった。
ただ、自分の無二の親友や、生涯尊敬する上司、先輩がいた
同じ世界に自分も飛び込んでみたかっただけ。

~何故Whartonか?~
「自分が目標とする人がいたから」。
何よりもまず、Thomasのプレゼンに心を打たれた。
また、優秀で人当たりの良い卒業生の方々との会話が楽しかった。
自分は、サークルであれ会社であれ、あるコミュニティに参加するときには
必ずそこに属する人々に触れてから自己判断をすることとしている。
今、これから本学期を迎えるにあたり、
日本人同級生、コーホート、Learning Teamの人々に出会い、
自分の決断が間違っていなかったことを確信している。

冒頭の言葉は、自分が苦しかったときに、
自分の被指導員から勇気付けられた言葉の一つ。
自己主張の強い憎たらしい後輩であったが、とても嬉しかった。
真夜中にSaraからの電話で起こされた後の
祝杯のワインの味はいまでも忘れられない。
今は、この夢の2年間を思いっきり満喫したい。
次の夢を見つけて飛び込んでいくために。

8月31日 バハマ諸島のカクテルバーにて
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by whartonjapan09 | 2007-09-02 00:56 | Shu

自己紹介(Mia)

☆なまえ(ニックネーム):Mia

☆略歴:
 1999年 東京大学経済学部卒業
 1999年 某電力会社入社。電力自由化の制度改正とそれに伴う料金改定を5年間
担当後、マーケティング担当に。

☆Why MBA?
  職歴もそこそこ長いので、MBAを受験をしようと思ったきっかけ、受験にいたるまでのアクシデント(!)など山あり谷あり、いろいろとあるのですが、今回は端的にご説明しようと思います。

そしてそれはこの言葉がぴったりだと思います。

Wharton School(ウォートンスクール)のスローガン。

「Learn More. Do More. Be More.」

わたし自身の考え方や性格をとてもよく表現してくれるフレーズで受験時代から
この雰囲気をもつ大学に行きたいと思ってHPを見るたびに憧れてきましたし、
最終的に進学先を決める要因のひとつにもなりました。

 学ぶこと、実行することもスピードも人それぞれでかまわないけれど、今よりも
少しでも、一歩でも自分自身を向上させていこう、という意味だと思っています。
そしてその知識、スキル、能力を世の中や社会や、自分が属する組織、近くにいる
誰かでもいい、自分以外の人のためにも活かそう、そして質の高い人になること、
これこそがわたしがMBAに来た理由であり、これからの2年間の指針です。

 私の関心は「人」です。

 これまでの人生で、道に迷い、悩み、倒れそうになったとき、大きな壁が立ち
はだかったとき、私はそのたびに素晴らしい人やチームに出会い、支えてもらい、
刺激をもらい、成長させてもらってきました。組織、社会どんな場所であれ、
そこにいる人たちがどういう人か、リーダーがどんなマネジメントをするかでチーム
のパフォーマンスがぜんぜん変わってくると思います。

自分も将来、周りにいる人たちに少しでもプラスの刺激を感じてもらえる人間に
なりたいと思っています。そのためには、意見の異なる、バックグラウンドのこと
なるいろいろな人を理解すること、理解するためにこの2年間あらゆることに取り組む
こと、それがわたしの今考えていることです。

 09のみなさん、どうぞよろしくお願いします。
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by whartonjapan09 | 2007-09-01 14:00 | Mia

自己紹介(Yak)

私は役人です。

大学を出てストレートに入省したのは、
そうでないと国の仕事に就けなかったからで、
本当はビジネスで成功してから
公益に目覚めるのが自然な順番だと思っていることもあり、
法学部を卒業した頃から、MBA留学を希望していました。

ちょうど、気候変動交渉を担当するなかで、
実体経済の何倍もスイングする金融の世界をマスターせずに
経済の舵取りをしている(と思う)ことが怖くなった時期でもあり、
容赦ない仕事と受験の両立も、あまり苦になりませんでした。 

Whartonは学生を6人チームにわけ、運命共同体で課題に取り組ませます。
私のチームには、元プロのアイスホッケー選手や、
「人生において絶対に敗北したくない」という信条の優等生がいて、
チームのミーティングに遅刻したら1分1ドルの罰金、とか、
成績は上位20%の優秀賞を目指す、というルールが決まってしまいました。

私は手抜きが大好きなナマケモノで、
波長の合う仲間を見つけて何でも適度にこなしてしまいがちなので、
これはよいお勉強になりそうです。

Whartonはこの夏の1ヶ月、私たちに浴びるほどのリソースと選択肢を示しました。
フィラデルフィアという立地に足を引っ張られながらも一流校であり続ける、
全米最古のビジネススクールの意地を見た気がします。

秋学期が始まるのがとても楽しみです。
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by whartonjapan09 | 2007-08-31 13:35 | Yak

自己紹介(Ben)

経歴:
2001年 東京大学法学部卒
2002年 最高裁判所司法研修所入所
2003年 都内の某法律事務所入所

<<<自己紹介>>>
・「ロンドン生まれ、アメリカ育ち」と肩書きだけはバリバリの帰国子女ですが、意外にも自己主張よりも協調性重視の気弱な日本男児です。但し、重要な決断をする場面では、周りに流されることを拒み、人を驚かせる頑固な一面があります。
・留学前は弁護士として、主にM&Aなどのコーポレートと呼ばれる分野と、スポーツ・エンターテインメント関連の仕事をしていました。

<<<Why MBA?>>>
 私は俗に「渉外事務所」と言われる法律事務所に勤務しています。渉外事務所の弁護士は4~5年の実務経験を経た後、アメリカやイギリスのロースクールに留学するのが一般的です。しかし、私はあえてMBA留学という選択肢を選ぶことにしました。「なぜ弁護士がMBAなの?」と聞かれることも多かったのですが、私は以下の3つの理由からMBA留学は私にとってベストな選択肢だと信じています。

① ワンランク上のアドバイスをしたい!
 入所以来、M&Aやコーポレート業務に関する仕事を多く担当しました。これらの仕事は法律の知識があればクライアントから依頼されたことを実行することはできますが、クライアントに良い法的手段を提案するにはビジネスの理解が不可欠です。私にとってMBA留学はビジネスを理解し、ワンランク上の法的アドバイスができる弁護士になるための手段の1つです。

② 周りと違った視点からも物事を捉えられる弁護士になりたい!
先にも述べたとおり、渉外事務所の弁護士は通常アメリカやイギリスのロースクールに留学しますが、その数は毎年100人近くになります。「今さら私がロースクールに留学したところで、諸先輩以上のことはできないのではないか。だったら、MBAに行くことで、他の弁護士とは違った視点でも物事を捉えられる弁護士になろう。」それが2つ目の動機です。

③ 弁護士事務所でも経営が重要だ!
今、日本の渉外系の法律事務所では合併・統合が相次ぎ大規模化が進んでいます。私が所属している法律事務所も今年の9月末で弁護士数が約150人、スタッフも合わせると合計で約400人程度の組織となる予定です。事務所の経営を考えた場合、今まで少人数故にあまり問題にならなかったことも今後は問題となる可能性があります。そこで必要となるのは事務所のマネジメント能力です。より良い事務所に発展していくためにマネジメントの分野でも貢献できるような人材でありたい。これが3つ目の動機です。

>Wharton Japan 2009の皆様
Pre-termも終わり、いよいよ来週から本格的な授業が始まりますが、最高の2年間にすべく頑張りましょう!
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by whartonjapan09 | 2007-08-31 04:54 | Ben