Wharton MBA (Class of 2009) 有志による「刺激」を共有する場
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MBAの夏休み スペイン編 -後半- (オッサン)

a0106603_60356.jpgグラナダをスタートしてアンダルシア地方を巡る旅は、このAudiが我々の足となってくれました。ヨーロッパではManual車が基本と聞いていましたが、レンタカーでもAutomatic車が皆無… という訳で、十数年ぶりにManual車を運転することになりました。高速道路はいいとして、慣れない街で慣れない車を運転するのは冷や汗ものでした。

<ロンダ Ronda>
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ロンダは近代闘牛技法の発祥の地として有名です。しかし、闘牛場(屋外↑)で、アンダルシアの刺すような激しい日差しを浴びながらの観戦はなかなか過酷です。ちなみに夏のスペインでは、日没はだいたい9時前で、夕方の4-6時が一日のうち一番暑いくらいです。

a0106603_612868.jpgロンダ訪問の目的の一つは、断崖絶壁に立つこのパラドールに泊まることでした。パラドールとは、古城などの歴史建造物や絶景地に立つ保養所などを限定的に指定して、国が運営する宿泊施設です。(http://www.parador.es/en/portal.do)

また、ロンダは隠れた美食の街でもあります。そもそもスペインは、かなりのグルメ・カントリー。世界に誇るスター・シェフ、エル・ブジもスペイン出身で、彼の薫陶を受けたシェフたちが各地で腕を奮っています。こんな田舎町に、何とミシュランの星を獲得しているレストランがあり、この日の夜はその "Tragabuches" にて舌鼓を打ちました。感動。

<アルコス・デ・ラ・フロンテーラ Arcos de la Frontera>
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石灰で塗られた白壁の家々。迷路のように入り組んだ、アラブ支配の面影を残す街並み… アルコス・デ・ラ・フロンテーラは、まさに日本人がイメージするスペインの「白い村」そのものです。
ここでも、断崖絶壁の絶景地に立つパラドールに泊まりました(写真はテラスからの眺め)。

a0106603_644137.jpg「天空の城」とのあだ名を持つこのパラドールは、辿り着くまでが至難の業。

←こんな路地を、ぐるんぐるん回って登って行かないといけません。地元の人たちは、ほとんどノーブレーキで通過していくので、大したもんです。(概して、スペインの人たちは運転が上手いと感じました。特に駐車テクは脱帽ものです。)

大学生の頃、九州をツーリングした際、熊本で熊本城に行き着くのにグルグル道を回って大変だったことを思い出しました(城下町の道は、容易に天守閣に攻め込まれないよう複雑になっている)。


<セビリア Sevilla>
セビリアは、アンダルシア地方の中心都市。「カルメン」の舞台となったことでも有名です。街のヘソには、この大聖堂がそびえ立ちます。
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これまで世界各地でたくさんの大聖堂(Cathedral)なるものを見てきましたが、これはその中でも圧巻の規模です。何でも、建設にあたっては「後世の人たちが見て、『正気の沙汰じゃない』と驚くほどスゴイものにしよう」という意図を持って作ったらしいです。

a0106603_653423.jpgライトアップされた姿もなかなかです。
我々が宿泊したホテルは、この大聖堂のほぼ隣にあるという絶好地。これは、Roof Topにあるバーから撮りました。

ちなみにその夜は、6歳の息子と2人でこのバーに行き、ビールとオレンジジュースで乾杯。息子に、「今回のスペイン旅行、どこで何を見たとかは将来覚えてないかも知れないけど、こうしてパパと2人で男同士、語り合ったことはいつまでも覚えていてね」と話したのでした。

<マドリッド Madrid>
セビリアからAVE(スペイン版新幹線)に乗り、旅の最終目的地・マドリッドへ。
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マドリッドには王宮(写真↑)があり、街にはスペイン王国全盛期に世界中から集めたコレクションを誇る、世界でも有数の美術館が点在しています。

この街では、3つの感動に出会いました。
感動①:ピカソの「ゲルニカ」
この絵を初めて知ったキッカケは、高校時代の世界史の教科書(山川出版社:ここの教科書は本当に良く出来ていて、面白かった)です。以来、一度はこの目で見てみたいと思っていました。現在は、ソフィア王妃芸術センターに展示されています。ほぼ20年越しの夢が叶い、実物の圧倒的な迫力にしばし感動。
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スペイン内戦の1937年、バスク地方の小都市・ゲルニカが、フランコ将軍を支援するナチスによって空爆を受けた(史上初めての都市無差別空爆と言われている)。パリでこの報を聞いたピカソ(スペイン人)は、同年のパリ万国博覧会スペイン館の壁画として急遽ゲルニカを主題にこの作品を完成させた。
死んだ子を抱き泣き叫ぶ母親、天に救いを求める人、狂ったようにいななく馬などが戦争の悲惨さを訴えている。全体の構成はキリストの磔刑図をイメージさせる。人間の目をした牛の顔や窓から室内に首を突き出す人物など奇妙な像もあり、さまざまに解釈されているが、「ゲルニカ」はその誕生から今に至るまで反戦のシンボルであり続けてきた。(以上、ウィキペディアからの引用)

感動②:路上パフォーマンス
a0106603_7124726.jpgこれ、彫刻じゃありません。人間です!
プラドなど美術館がひしめく地区で、散々いろいろな彫刻などを見て出てきた後、出会った路上パフォーマンス。あまりの出来の良さに感動。
この2人のパフォーマーのキャラも抜群。
ユーロのコインには、2€、1€、50c、20c、5c…と何種類かあるのですが、2€が一番大きくて重く、安いコインは小さくて軽くなっていきます。彼らは、チップとして投げ入れられるコインの金額を「音」で聞き分け、大きい音(1€以上)だと目を開けて反応するのです!
子供たちが面白がって何度もコインを入れたがり、取り押さえるのが大変でした…。


感動③:子豚の丸焼き
スペインといえばイベリコ豚。いわゆる黒豚の一種で、豚肉の中でもブランド品種として知られています。「ハモン」と呼ばれる生ハムなどは最高の味わいです。

a0106603_7105640.jpgそのイベリコ豚の子豚(特に柔らかくてジューシーとされる)を丸焼きで食べさせてくれるレストランがここ、「Botin」です。
1725年創業、世界最古のレストランとしてギネスブックにも載っているお店です。こういう、いかにも観光客向けっぽいレストランは、大抵の場合、味もサービスも今ひとつっていうことが多いのですが、ここは最高!

a0106603_7111756.jpg北京ダックのようにパリパリに焼かれた皮の食感と香ばしさもさることながら、中のWhite Meatの柔らかくてジューシー&テイスティーなこと!
スペイン名産Riojaの赤ワインとの相性も抜群でした。
当然のことながら観光客も殺到するため、予約が本当に困難ですが、マドリッドではMust Visitのレストランだとおススメできます。
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by whartonjapan09 | 2008-08-29 03:35 | オッサン

MBAの夏休み スペイン編 -前半- (オッサン)

この夏休みは、南米GIPに始まり、カリフォルニア旅行にマンハッタン生活と散財しまくりました。さすがにちょっとビビッて、8月はおとなしく「フィラデルフィア満喫プラン」でいこうかとも考えたのですが、やっぱり、ずっと温めていた「ガウディ建築とアンダルシアを満喫するプラン」を決行することにしました。2週間近くの旅行、しかも日本からヨーロッパへ家族4人で行くことは、この先、日程的にも金額的にも実現困難だろうし…

ということで、やって来ました情熱の国スペイン。
私は、大学生時代に当時流行の(猿岩石とか、知ってます?)Backpackerで、ヨーロッパは西欧も東欧も大半の国を訪れているのですが、実は主要国ではスペインだけが未踏の地でした。思い返すと、西欧を1ヵ月かけて一周した1992年の夏、ちょうどバルセロナ・オリンピックの真っ最中だったため、人ごみと大混雑を避けたのでした。

<バルセロナ Barcelona>
a0106603_6134936.jpgガウディ建築の代表作、サグラダ・ファミリア聖堂。1882年の着工以来、未だ完成を見ないバルセロナのシンボル。

写真は、キリスト生誕の場面を描いた東側の正門。
写実主義が徹底された彫刻は、とても石でできたものとは思えません。
内戦でかなり損傷を受けていたものを、日本人彫刻家の外尾悦郎氏が修復にあたったのは有名な話。日本人として誇らしいかぎり。
何年か前にTV番組の「情熱大陸」で外尾氏の特集していて、一度はこの目で見たいと思っていました。


a0106603_6145047.jpgこちらは、キリストが十字架にかけられる受難の場面を描いた西側の正門。ガウディの死後に完成。
東門の写実主義とはかなりテイストが違います。
どちらかと言えば、生誕の東門がおどろおどろしく暗い感じで、受難の西門の方が明るい印象を受けるほどです。

しかし、この“成長し続ける建築物”は、まだ完成までに何十年とかかるそうです。
ガウディの遺産が世界中から観光客を呼び込み、バルセロナ市に落とされる観光料が今後も継続する膨大な建築費に回っていく… ある種、観光業にとっては理想的なビジネスモデルと言えましょう。

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バルセロナ中心部の北にある、グエル公園。本来は60戸の宅地造成地区だったものが、資金難により工事が中断され(住宅は2戸のみ完成、1つはガウディ自身の家)、公園として生まれ変わることになったらしい。
ガウディの独創的な世界が具現化された、モデルニスモ(近代主義)様式の夢のような公園。ここで自分の子供たちを遊ばせるのが長年の夢だったのですが、この日、ついに叶いました!

<グラナダ Granada>
バルセロナを後にし、飛行機で一路、アンダルシア地方のグラナダへ。
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スペイン観光と言えば、アルハンブラ宮殿を外すわけにはいきません。
高校生の時、世界史の大川先生が、イスラム芸術の結晶であるアルハンブラ宮殿の美しさについて語ってくれたのを今でも覚えています。イベリア半島に栄えた最後のイスラム王国グラナダは、14世紀にこの宮殿を完成させますが、その後キリスト教(カトリック)勢力による「レコンキスタ(最征服)」に屈してしまいます。ただ、その後のカトリック王国下でもこの宮殿は保存され、イスラムの幻想世界を今に伝えています。

a0106603_6152937.jpgとはいえ、夢の宮殿は、想像していたような絢爛豪華なものではなく、外見はどちらかと言えば無骨。その美しさは、緻密なシンメトリーと彫刻、そして水の芸術によるものです。
この写真は、アルハンブラ宮殿の中でも入場制限が課せられるほどの人気を誇る「ナスル朝宮殿」の中庭。
ちなみにアルハンブラ宮殿自体、夏休みなどは2週間前に入場券が売り切れるほどの人気で、当日の窓口ではガーデンの観覧券しか手に入りません(それでもすごい行列です)。
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by whartonjapan09 | 2008-08-28 13:20 | オッサン

Niagara Falls (オッサン)

1ヵ月余り滞在したNYCを後にし、家財道具を積み込んだレンタカーでPhiladelphiaへ帰る道すがら、三角移動でそのままNiagara Fallsへ直行しました。実はNYC-Buffalo-Philly間はほぼ等距離です(片道6時間半程度)。

「自分はブラジルで "イグアスの滝" を見ておきながら、家族は "ナイアガラの滝" でお茶を濁す気かい!」と激しい突っ込みを受けそうですが、夏のナイアガラは、これはこれで素晴らしい(Shinは真冬に行ってたけど…)。Wharton留学中に、一度は訪れても良いところだとおススメできます。カジノでもすれば別ですが、一泊二日で十分です。

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名物アトラクション Maid of the Mist の船上より見たアメリカ滝。家族4人でズブ濡れ祭!(子供には、世界遺産とか美術館とかよりも、こういうシンプルなものの方が圧倒的に楽しいようです。)

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テーブルロックから見たカナダ側のHorse Shoe Fall。「晴れ男」の本領発揮で、天気は最高でした。
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by whartonjapan09 | 2008-08-02 23:58 | オッサン

NYでのやり残し -インターン後記-(オッサン)

NYCでの1ヵ月のインターンが終わりました。特に後半の2週間は、本当にあっという間でした。
外資系の金融やコンサルで8~10週間のインターンをやっている人に比べれば、随分「ぬるい」体験だったとは思いますが、先に記した3つの目的という点では、非常に満足しています。

a0106603_6563395.jpgただ、反省点はいくつもあります。まず、真面目な話からいくと、ローカルスタッフとの交流に今一つ踏み込めなかったこと。私がウォートン生ということで、興味を持って向こうから話しかけてくれる人とはそれなりにコミュニケーションがとれるのですが、どうしてもreactiveになっていました。自分のpriorityがそこに無かったことも問題です。
つい先頃までフランスの企業でインターンをしていた同級生のKumaちゃんは、「とにかく俺と語れ計画」と題し、インターン期間中、40名もの社員たちと1対1で話をする機会を持ったらしいです。
「自分には自分のスタイルがあって、人とは違う長所がある。それを活かせばいい」
― 最近、そういう言い訳ばかりに走ってしまい、変われなくなりつつある自分に気付きます。でも、「Kumaちゃん、やるなー。羨ましい」って素直に思える自分には、まだ少しなりとも変われるチャンスが残っていると信じたいです。

さて、NYCでやり残したこととして、他に何があるか…
和食をはじめ、イタリアン、ステーキからFusionに至るまで、食には惜しげもなくお金を使いまくった。もう後悔はない。Broadwayでミュージカルも見た。いわゆる ”Piano Bar” にも行ったし(2軒も…)、ギターの生演奏で歌うカラオケ・バー、なぜかお店の女の子がBoxに入ってきて一緒に歌うカラオケ・ボックス(もちろん女の子料金は加算)にも行った。
NYは本当に不思議なところで、あくまで私見ですが、大きく言うと次の3つに分類される人種をよく見かけました。①企業の駐在員 ②語学留学の20代後半の女の子 ③日本人向けの飲食・サービス業を営む起業家 ― この3つの人種が一同に介するのが、いわゆる ”Piano Bar” に代表される夜のお店です。銀座のクラブみたいな雰囲気だけど、働いている女の子たち(②)はもっと気軽に、ハードルを感じることなく夜の世界に飛び込んできている気がしました。ま、銀座や六本木で働くよりは客(①)も筋がいいし、安全なのだと思います。
ちなみに①の人たちは、本部(東京)から離れ、時として単身赴任というケースもあり、一抹の哀愁は漂うものの、駐在員としての特権(海外手当などの給与面や、マンハッタンのど真ん中のマンションなどの福利厚生面)を謳歌していて、"帰りたいけど帰りたくない" 症候群。②の人たちは、OLを数年勤めた後、"何か違う" 症候群で衝動的にNYに語学留学してみたものの、1年もすれば生活資金が尽きて、安易にお金が稼げる夜の世界でNYに居ながら日本人コミュニティーにどっぷり。面白い世界です。

そんな中、NYの日本人コミュニティーでも異彩を放つ存在なのが、ここ ”男の台所” 丼屋(Donburiya)です。http://blog.iseeny.com/restaurant/item_394.html
a0106603_6423677.jpg噂には聞いていて、店の中を覗いたことはあるのですが、結局、行く機会はありませんでした。
このお店は、名前の通り丼物が充実しているらしいのですが、単なる定食屋ではなく、カウンターに若い女の子たちが居て、お酒をついでくれたり、話し相手になってくれるのが売り物。しかも、女の子たちは結構可愛いらしく、単身赴任族のオッサンたちが足繁く通う店として有名です。ただ、夜7-8時にもなると大変混み合い、女の子たちに相手をしてもらうにもかなり競争率が高くなり、中年のオッサンたちが皆、必死。そして、若干競争力が落ちてきた40代後半~50代のオッサンたちは、5-7時の比較的空いている時間帯にシフトし、ゆっくりと若い女の子たちとの話を楽しみ、8時にはマンションに戻ってTVでMLBでも見て寝る。いやー、侘しい、侘しすぎます。でも、こういう人たちがいっぱい居るのも事実です。

という訳で、一度この「丼屋」に行って(しかも競争率の高い時間帯で)、自分のイケてる度を試してみたかったっていうのが、唯一の心残りでしょうか。(しょーもなー…)
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by whartonjapan09 | 2008-08-01 00:05 | オッサン